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土曜日, 2月 28, 2009

最近美化・善人化ダドリーと被害妄想ハリーのやおい妄想が頭の中を渦巻いてます

 コンタクトを作りに眼科医に時間ギリギリで行ったら間に合ったはずなのに
「ちょっと過ぎてしまったので今回はお受けしますが次からは…」と言われる。
息を切らしながら「20秒くらい残ってませんでしたか?」
「え? あ、いいですよ」
この流され方が妙にむかつくのだ。ここでこちらがギリギリ間に合ったと思っていて齟齬があることをきちんと説明したところで無益である事を自分が了解して引かざるをえないという状況を把握する悔しさ。いやそれ以前に時間ギリギリで駆け込むほうが悪いという次元で読者は嗤え。

 慌てたためにアパートのPS3の電源を入れ忘れてきた。実家からCellいじりができない。さらにお絵描き掲示板に書こうとしたらひと息ついた隙にWindowsに「勝手にアップデート落ち」をやられ死ぬ。さらに気を取り直してようやく写真を撮影した不要品をオークションに出そうとしたら出品をする際にはさらに本人確認のアクションが要るということで激しくがっくりきている。……要は今日は踏んだり蹴ったりの日なのだ。

 ……ここまで書いて今日のケチのつきはじめを思い出す。昼に食ったそれは某予知乃家の親子丼だ。期待して食ったのにうまくありません。……思わずネット評を見たら物凄く悪い。やはり全国的に卵が火が通り過ぎた部分ととろとろの部分が混在するという未知の特許的な技術が使用されているようだ。……もしかしたら私の舌が最新科学についていけていないのかもしれないああきっとそうだ。だから私は大学で科学の世界から滑り落ちたのです。つうか今読んでる本、ブラケット記法が内積の形が出たとたん演算順序を問わず外に出せるみたいなのだがその説明がありません。飛ばすなよ。と独りよがりの世界に浮遊してみる。
 そんなわけで明日も明るく輝いてなどいませんのでとっとと夢の世界へ逃避しようといってもこの前某ザビ家の人が結婚してしまうなど夢見もよくないんですが

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月曜日, 2月 23, 2009

ようやく密林から箱用120GHDDがきましたこれでRezHDができるんだわ

 筍肉その他適当に切ってフライパンに放りこみ、チンジャオロースーに似たものをでっちあげながら、そういえば「死んじゃおロースー」という冗談は聞いたことがなかったなと思うがどうせぐぐると誰か言ってるんだろう。
 しかし確かめるとわずかに一名しか言っていなかった(この点、各自確かめよ。)(数学書風)。ああなんて偉そうなんだ。いや少しはバーチャルに偉そうにでもしないと神経が持ちそうにありませんのオホホ。いや別に何かあったわけではなく日常が定常的で慢性的な重みを持っていてですね…
 大河ドラマの脚本があまりにも下品なので見るのをやめました。ほどなくして物語などの好みがやたらに合う某氏から「今年の大河は微妙」とメールが来ました。さもありなん。二年傑作が続いたしその落差たるや。
 TOEICの点が出ましたが激しく駄目です。今回注ぎ込んだ努力は過去最大であったにもかかわらず自己ベストに遠く届かず。畜生。いつの日か英語映画が字幕なしで観れるようになってそしたら英語の勉強をやめてやる。私が欲しい状態は単に障壁が無い状態でそれを極める気などさらさら無いのです。文学を読むなら日本文学を読むよ。
 そんなわけで今日はPS3の電源を入れ忘れたことを激しく後悔したのでした(意味不明)

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金曜日, 2月 13, 2009

そういえば13日の金曜日でした

 突然「「楽しい供述愉快な仲間」という冗談を思いつく。誰が笑うのか。

 英語の勉強のため「攻殻機動隊~GHOST IN THE SHELL~」を英語字幕と英語音声で観てTOEICに臨んだ。結局試験後も欲求不満が溜まって日本語で見直す。把握できる情報量が全く違い過ぎて泣く。こういう外国語などというつまらぬ技能をこそ電脳の力で注入して欲しいのだが。

 会社で某上司が休暇の土産で「まりもっこりクッキー」を配っていた。こんなひわいなものを配ってよいのだろうか。頭蓋骨の下はエロで占有されている私が言うのもなんだが。

 ……あらゆる雑念が全て明日の糧となることを信じて私は観念や概念や情動に踊らされながら生きてゆこう、等と思った……

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月曜日, 2月 09, 2009

I am a pretender observer involving myself.(本文から考えて英語を配すことは極めて危険な試みです)

 某氏がダイエットをしたらしい。彼は他人の行動が、自分に影響された可能性が少しでも考えられるときには「自分に影響された」と声高に主張するのが好きな人なので、彼の価値観に合わせて私に影響されたと断定することにする。でもザビ家の人がダイエットするとはそのこころはギレン化を狙っているのか。ガルマという可能性もあるがまさかそんな。ああでも彼のナルシストのふりを考えるとガルマのごとく美形化したと思い込んでいるふりをしているのかもしれない。まあそれはどうでもよい。
 なぜ美しいと思い込んでいるふりをしていると考えるかといえば私が今日まで対象は時によって変われど何かのふりをして生き続けて来たからです。そしてこれからも。馬鹿のふりやら面白い人のふりやらおしゃべりな人のふりやら明るい人のふりやら変人のふりやら気が強い人のふりやらいろいろトライアンドエラーアンドエラーで生きてきました。そしてこれは私だけではないつまり世の中プリテンダーだらけだということです。本物と偽物の違いは、化けの皮が剥がれる機会の有無であって騙し通せばそれは本物なのだ。
 ……彼によれば私の文章は自己を拡大させる傾向がありそれは内向型にありがちな機制なのだそうだ。いまだこの言葉の解釈が私の中で定まらない。自己というこの定義すらあいまいなものを拡大させるとはいかようにも解釈できるではないか。ひとつにはこのようにもしかしたら自分だけかもしれない特性を自己を保つために無理矢理汎的なものと理解することが自己の拡大かもしれないと思うことがある。……しかし彼は、私が電車の中で寸暇を惜しんでゲームをする人々を、「なぜボーッとすることができないのだろう」と言った折、「あまり他人が自分と違うと思わない方が良い」と言ったのだが……。
 そんなわけで明日もobserveします。対象はひみつだ。最近observeが楽しくてたまらない。あいや文脈から誤解されそうですがザビ家の人ではありません安心せよ。人は簡単に発狂する生き物だ

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日曜日, 2月 08, 2009

先ほど柿の種をぶちまけましたどうでもいいけど

 他者を先制的に攻撃することに慣れた者は、強い自分を演出したいという強迫観念に常にかられているため強く見えるが、自分が攻撃される訓練が出来ていないため逆境に弱い。
 他者を防衛することに慣れた者は、そもそも攻撃することで自分を強く見せること自体に興味がなく、単に身を守る為に攻撃するのみである。その結果弱く見え、前者にとって一見好餌にさえ見える。しかし攻撃される訓練はできており逆境に強い。
 前者は後者を常に侮蔑しているが、後者もまた前者を侮蔑している。その後者が抱く侮蔑心を前者は認識する能力がない。前者が抱く侮蔑心は後者は認識することができる。前者はより一層自信と誤謬の世界に身をやつし、零落してゆく。前者はみずからの落下速度と絶対深度をけして正視できない。

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火曜日, 2月 03, 2009

Observer

 私は私を不当に打ちすえる者を打ちすえることに心は一切痛まない。それは人として平凡なる性質である。それでもなお人を先制的に打ちすえようという者はかなりの割合の人間がその性質を有することを覚悟して打ちすえるべきである。
 しかしその者は取り扱い注意な危険物である。それのみがみだりに打ちすえ返さぬ理由である。即座に打ち返さぬ事実をもって、自らが打ちすえることの正当性を見出す者は愚かである。危険物は自らと相手との間に強固な安全壁があったときにその物は最も警戒すべきである。警戒すべき時にそれを予期もできず、打ち返された突然さに混乱し、自分が打った事実を見失う者は更に愚かであり恥を知るべきである

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日曜日, 2月 01, 2009

週末激しくひきこもり夢の中では天地人がSFになっていました

 人は他人の価値観に合わせてあげるべきだと思う。他人を見下さずにはいられない人がいれば、その人はそれが人間関係におけるベストなソリューションだと考えているのだから、こちらも見下した扱いをしてあげるのが何よりの親切である。他人に言いがかりばかりつけている人がいたら、こちらもつとめてその人に言いがかりの種を見つけてあげる。それこそが何よりの奉仕だと私は確信している

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