« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

月曜日, 12月 29, 2008

武田邦彦には茂木健一郎のにおいがする

「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」の著者、武田邦彦がテレビに出ていて初めてその姿を見た。いかにも喋り方がセンセーショナルで詐欺師臭がするがまあ人を見た目で判断するのはよろしくない。
 しかしテレビに登場した30分足らずの中でいくつもおかしなことを言っている。

「一枚原価1円程度のレジ袋のかわりにスーパーでエコバッグを500円で売り、差し引きスーパー側は○○円儲けている。エコバッグのほうがレジ袋より1枚を作るのにずっと多くの石油を使っており、レジ袋のほうがエコバッグよりずっと環境に優しい」
 →エコバッグは繰り返し使うものだという前提がすっぽぬけている。批判されるべきことはエコバッグを配りまくるという行為であって、それを繰り返し使うことではない。実際、スーパーの袋をエコバッグがわりに繰り返し使うのが一番よいであろう。

「地球はむしろ寒冷化に向かっている。実際北極の氷の面積は今年の11月に観測史上最大を記録した。だから私はCO2はバンバン出してくださいと言っている。その方が環境に良い」
 →ネットを探してみたら、武田自身が提示しているグラフがあった。
http://takedanet.com/2008/12/post_66f6.html
 実際にグラフを見てみると、武田の詐欺話法がはっきりする。
 テレビを観ている人は、今までのどの観測よりも今年の11月の面積が大きかったと思い込むであろう。しかしグラフは、「同じ日付としては」である。しかも観測は2002年からでわずか7年間。1年365日観測している、その365日のうちほんの数日間が、過去6回の全てを上回ったからといってどうして寒冷化しているといえようか。さらに、グラフを見ると冬のグラフはかなり密集している。つまりは誤差の範囲内なのである。ところが夏のグラフを見てみるとここ2年は突出して少なくなっている。むしろグラフは温暖化を示すグラフと言って良いぐらいなのである。

さらに、上記の2つの発言が矛盾していることにも注意いただきたい。下ではCO2をバンバン出すことが環境によろしいと言っておきながら、レジ袋のほうが「使う石油が少ないから」環境によろしいと言っている。石油の使用は燃料か原料であろうが、原料のほうも上記は使い捨て前提の議論であるのだから、石油の使用=CO2の排出である。CO2排出は環境に良いのか悪いのかどっちなのだ。

他にも、「エコロジーは儲かるから皆騙されているだけだ」とさんざん強調しておきながら「ペットボトルのリサイクルは環境に悪い」と言うのだがその根拠としてペットボトルを新しく作るよりリサイクルしたほうが8倍の原価がかかることをあげ、「これは8倍環境に悪いということです」と言い切る。
 言うまでもないが、すべての業者が原価だけでものを売っていたら「儲かる」ということはありえない。マージンをふんだくっているからこそ「儲かる」のである。この8倍の中にどれだけその「業者が儲けた」ぶんが含まれているかどうかを言わずに(調べてもいないのだろうが)8倍という数字だけをセンセーショナルに取り上げるのもまさに詐欺的な話法である。さらに、8倍環境に悪い、というのもCO2バンバン出してください、という話に矛盾しているのである。

 誤解してほしくはないが、私は武田の否定した行為が全て肯定されるべきだと主張しているわけではなく、その根拠も持ち合わせてはいない。しかし、少なくとも武田という人間がインチキであることは確かである。著書を読んだ事はないが、入手してこの年末年始を利用してあら探しでもしてやるのも一興かもしれない

| | コメント (2) | トラックバック (3)

木曜日, 12月 25, 2008

明日納会なので部署の親玉には絶対に近づかないようにしよう

 中島みゆきによれば12月は自殺する若い女が急に増えるのだが、それを裏付けるように飯島愛が死んだ(いや、まだ自殺と確定していないが私の脳内では確定しました変更できません)。クイズ赤恥青恥好きだったのに。
 ところで殺せい労働省に任せていると人生が終わってしまうのでウェルブトリンを個人輸入しました。効きはかなり良い。良いのだがときどき発疹が出ます。あと寝汗も。大丈夫か。生きる為の薬で死んだらシャレになりません。
 脱稿して気が抜けています。年賀状をやる気がありません。でも今年も惰性でやるであろう。元日には届かないかもしれないが幸福は分散したほうがよいのです。いや降伏か。
 今更学生の頃が悔しくて量子力学の本を読んでいます。読み切れるのか

| | コメント (0) | トラックバック (0)

月曜日, 12月 22, 2008

ところではてブのコメントにかなり勇気づけられましたありがとう

 とりあえずひと段落書いてしまいネタがありません……いや、あった。
 新聞で某出版社の社長が美食家を名乗った上「最近ハマっているレトルトカレー」なるものを書き、それをうちの親が真に受けたために喰わされるはめになった。だがしょせんレトルトカレーはレトルトカレーに過ぎぬ。ところでココイチのグリーンスープカレーはココイチにしては美味です。
 やはりあの出版社は某氏があやしげな赤い表紙の本を出しているということもあり信用できない。あ、いや本気じゃないです論駁しないでください。
 また突発的に真面目なほうの原稿を書いている。早いところでっちあげなければいけないのだがそういう状況だと万年製作中の某ショタゲの立ち絵をこなしたくなったりする要するに逃避。そのために録画したSCANDALの最終回を我慢しているのにこれでは何もならない。カンヅメをする目的で旅行でもしようか、ああ今度こそまともな旅行がしたい。というわけでまた原稿に戻りますそのまま眠りそうだけど

| | コメント (0) | トラックバック (0)

土曜日, 12月 20, 2008

オースラリア旅行記・帰国後

 Hがメールで送ってきたのはは釣竿の写真だけではなく、折れたときの私の背中を丸めた後ろ姿の写真が添えられていた。

 そして本文は一文。

「自分のダメダメを反省しろ。」

 別に反省すべきところまで反省しないつもりはない。しかし私以上に反省するのはお前だとじきにわからせてやる。これで人質が一人解放。それまでせいぜい嘲笑を楽しむがいい。

 文面は以下、固有名詞を除き原文ママである。
-------------------
ありがとう。

ところで、第三者証明書だが、保険会社に問い合わせたところ、
あの時Iさんにこの欄に書いてもらうのではないかと云々していた
紙の別の欄に書いて、印を押してもらえば良いことがわかった。

紙に「上記の事故日時、場所、事故状況に相違ないことを証明します。」
と印刷されており、記述内容は以下の通り。

(1)事故日時(DATE&TIME)
(2)場所(PLACE)
(3)住所(ADDRESS)
(4)TEL
(5)氏名(NAME)

ご足労かけるが、休み明けあたりによろしくお願いしたい。 
--------------------------------

 翌日Hからメッセージが来る。


「メール読んだ。文面を読むとお前がIさんと連絡を取り合うのが面倒なので俺にかわりにやらせようと読める。これはお前とIさんとの問題なのでお前自身で解決しろ」

 うっわーなんというアクロバティックな超解釈だろうかこれはひどい。第三者証明という話をあらかじめしておいてそういう解釈になるとはなんという偏光フィルタだ。

 Hに電話をかける。

「いったいどこをどう読んだらそういう解釈が生まれるんだ」
「おめえがちゃんと説明しねえからだよ!」

 おめえがちゃんと聞かねえからだろうが。そう言いたい衝動を人質のためにこらえる。結局その場は穏便にに承諾させる。こんなとっくに友情を逸脱した関係も貴様が署名するまでの命よ。

 やがて書類が揃いあとは署名させるだけとなる。そしてもらいに行く前日に工作をする。
「キードロップ事件」を持ち出すのである。前に記したように、キードロップの意味がここ十年ほどで変遷したことが帰国後のWEB調査によりわかった。
 そのURLを示したのである。
 返事のメッセージが飛んできた。
「俺が問題にしているのはそんなことではなくその時に勇気を出して聞かなかったことだ」
 などとその時に言わなかった新たな主張を持ち出す。

 しかし、見下し姿勢を崩さぬであろうことは計算済みだ。そのメッセージに対する返事はわざと送らない。Hは今私が恥じ入っているとでも思っているだろう。ここで重要なことは、こちらがふつふつと怒りを貯めていたのだということをこの後Hに振り返らせるための演出なのだ。だからこんな末節の事件から持ち出す。書かせてからもっと重大な暴言に迫ってゆく。

 翌日。ついに署名をもらいにゆくことにする。
 Hのところに行き書類を広げる。
 Hはまだ不満げだ。

「たとえ保険請求の当事者じゃなくてもブラックリストに載るからイヤなんだけど」

 最初に引き受けた時は言わなかったことをうだうだと言う。
 こちらはもはやお前がブラックリストに載っても一向に構わぬのだよ。お前は道具だ。道具に使われるおろかな道具だ。お前が苦しんでももう心は一切痛まない。
 さあ。署名しろ。絶対にお前は署名する。うだうだと最大限の文句を垂れた上で署名する。それが私に最も恩を売れるからだ。
 私は何も無理強いめいたことを言わなかった。Hが自分の最終的に自分の意思で署名した、という形でなければならない。さんざん人の主体性がないとなじったのだから当然、Hは自分の意思で署名するのだ。

 ついにHは署名捺印した。
「ありがとう」それだけ言って私は別れる。そしてすぐに郵便局へ行く。わざわざ局に手渡しをしないと安心できない。確実に処理をしないとHのことだから奪い返しに来るおそれすらある。郵便局員に手渡す。万全を期して簡易書留にする。

 そして私は反撃を開始した。

 人の……人ひとりの尊厳を守るために。


 私は署名をもらうなり掌を返す必要がある。掌を返すのは即時でなくてはならない。Hに自分が道具として使われたということを最大限に感じさせるために。

「さっきはありがとう。さて。続きだ」と言って「キードロップ事件」の反駁を開始する。
 また勇気がへたくれのと言い続けるHに返信。
「あの時お前は『まったくお前の言うことは……』と言った。これは明らかに事柄の真偽を問題にしているのであり勇気の問題ではない」
「うるさい! 保険の証明を取り下げるぞ。保険会社名を教えろ」

 保険会社名を教えろ。

 私はこの一文を見て勝利を確信した。会社名を確認せずに署名したのはお前のミスだ。
 あんな態度を取り続けていればこういう反撃を食らうことをお前は予測できたはずだ。少なくとも私がダイビングができないことや釣竿が折れることを予測できた、というのと同じ程度には。

「後からうだうだ言うんじゃねえよ」
「なんで? 自分と向き合うのが怖いから?」

 コワイカラ星人にはカウンターコワイカラ。言いがかりにはカウンター言いがかりが似合いだ。
 私の罵倒攻撃によりHは「お前に返答する法的根拠はない、断固拒絶する」などと言いだし「もう一切俺にかかわるな」というメッセージのあと、一切Hは返信してこなくなった。

 その後……私は何度かHに善意に満ちたメッセージや電話を送った。どれくらい善意に満ちているかというと、旅行中のHの私への態度が善意であるという意味合いにおいて。
 たとえば、
「自分と向き合う勇気は出たか? まあ、無理か。あ、保険下りたから」
のような。
 しかしHのリアクションはまだない。……Hに出来るとも思えないが。

 ……Hのプライバシーに関わるので——そんなものに配慮する道徳性はともかく隙を作らぬ意味で——詳しくは書かないが、Hは旅行の前から人生において大事ないくつかの事柄を立て続けに失ったらしい。
 それは不可避な話ではなくて、今となってはH自身の態度に起因することが疑われる種類のものである。私には、Hが坂道を転げ落ちていくように見える。

 思えば旅行に行く前からHはもはや人間を逸脱している気配はあったのだ。それに気づかずうっかり信用し一緒に旅行に行ってしまったこと自体は私のミスであろう。最後にいくつか旅行前のHの発言を列挙しておく。

「おお、○○(自社名)のくず」
(私が勧めるドラマはあてにならないというので確かに若干好みはずれてるかも、でも共通して気に入ったドラマもあるし重なる部分もあるのと思うんだが、という返事に対し)「イヤー! ぜってえ重なりたくねえ!」
(ある先輩と私が同郷である、という話題に対し)「だから二人とも駄目なんだよ」
(石垣島がいい、と言うのでじゃあ行ってみようかなと言うと)「えー? 来んの?」
(プレステ2使ってるかという問いに対し使ってるけど? 答えると)「いらなくなったりせんか?」(なんたるゴリ押し乞食)
(依然奴からPCをもらったことがあるのでロースペックの不要PCが新たに出た際)「もう一台トイレサーバーを増やしてみないか?」(人をゴミ箱扱い)

 私は自分のペースでやるべきことはやり、反省すべき点は反省した。しかしHは……。

 下駄はHに預けた。人の道を踏み外しかけている彼が引き返せるかどうかは、H自身にかかっている。

     オーストラリア旅行記 完

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オーストラリア旅行記・最終日

 帰国日。ああまた何時間もHの隣に座らなければならないのは嫌でしょうがない。
 空港に向かう前に一時間ケアンズの街での自由時間ももちろんそれぞれ単独で行動する。

 空港で出国カードを記入。迷うのは職業欄くらいで他は特に迷うところもない。
 ガイドブックに「会社員」は「OFFICE」だと書いてあってこういう表現もあるんかなあ、などと書いたのをHは目ざとく見つける。
「お前の職業はオフィスか!」
 ガイドブックをよく見直してみると「OFFICE WORKER」である。行がまたがっていて後ろの単語を見落としていたのだ。
 まあそういう軽いポカはあったにせよそれ以外は本当に迷うところがないように思う。だがHはこれで良いか日本人スタッフに確認しろと主張する。いやもはや主張ではなく命令と思っているのか……。

「税関で揉めたりすんのは嫌だからな」
「そんなん言われたらその場で直せばいいだけじゃん」

 人質を失わぬレベルの軽い反抗。税関に英語で話し掛けられることの恐怖心を私はHの中に見るようになる。私は意地でも日本人スタッフに見せなかった。実際何も問題にならなかった。
 
 搭乗を待つ間でもHがベンチに座れば私は別のところをうろつく。向こうも同じくだ。これがお前の望む自立した旅行か。あほらしい。
 
 シートに着席すると間もなくHの席にそこは私の席だと白人女性が言ってくる。
 席を間違えていたのはHだった。
 ……こういうことを私は一切触れずにおいてやっているというのに……。
 
 離陸する。……いつかもう一人の人質の話をしなくてはならないがまた頭を下げるかと思うと腹が立つ。……その前に向うから言ってきた。

「で、あの釣竿の写真どうすんの」

 ……Hは私の電子メールアドレスを知っているしメールに添付して送る以外の選択肢は無いと思うのだが要するにHは私が頭を下げるところをもっと見たいのである。コンチクショウ。
 頭を下げついでに言う。
「あと……第三者証明というのが要るとわかった。『同行の友人など』ということなんで、一筆書いてもらわなくちゃならない……書き方は帰国後に調べてまた連絡するんで、申し訳ないが……」
 Hは絶対にやり遂げろなどとこいつは投げ出すに違いないという間違った確信に基づく要らぬ説教をしたばかりなのでこの場は特に悶着もなく首肯した。
 
 だがHの攻撃はまだまだ続く。

 食事をした女の子や医療機関の姉ちゃん言っていた沖縄にはそのうち行ってみようと思う、という話に行きがかり上なった。

「どうせ旅行社に電話もかけられねえで……」
「いくらかかるかわからねえのに考えなしに医療機関のこのこ行って……」

 私にはもうHは魚類にしか見えなかった。私を侮蔑できる話に繋げられるネタを見つけるとパクパク口を開けて飛びつく金魚。自分の過去の発言との矛盾を考える脳味噌もなく、リトライやめたといえば努力からの逃避でその最大限の努力は考えなしという話になる。その瞬間だけを生きる時間の感覚が未発達な魚類脳。ああ、だからお前は釣りが好きなんだね。同じ魚類同士仲良くやるがいい。
 だいたいお前は四十五ドルも大金なのか。当時のレート約八十八円、計算すると約四千円。一回の飲み会で吹っとぶ額。今回の旅行には何十万も払っているのに。

 ところで保険金受け取れ受け取れと命令したはずのHはこんなことも言った。
「でもこれでお前はしばらくは保険に入る時に『過去~年に保険の請求したことありますか』というチェックを入れなくちゃならなくなる。お前は保険会社のブラックリスト入りするわけだ。ちなみに俺は昨日ラフティングのツアーで外人に蹴られ怪我をしたんだがそれが嫌なんで請求しない」

 要するにHにとって私が請求のための労苦を払うことと、私がブラックリスト入りすることが同時に快楽であるので熱心に勧めたわけである。なんという悪意。

 Hにとって私は完全に道具に過ぎなかった。行く前は有事に対処するための保険の道具とするつもりで。そして旅行の最中にもうひとつの役割をHは見つけたのだ。ただただ見下すための道具。見下して支配欲と優越心を満足させるための道具。精神的サンドバッグ。
 
 ならば――。
 
 もはやお前に友人としての価値などないだろう。今度はこちらがお前を道具として使ってやる。
 道具とされる側の痛みを思う存分味わうがいい。
 
 ……いつしかHはうたた寝を始めていた。この不愉快な機内の中で唯一の楽しみといえば機内サービスであろう。
 丸のままのリンゴが配られた。寝ているHは素通りだざまみろ。おお、この小ぶりのリンゴが身が締まっててうまいんだよね。
 
 シャクッ。
 
 同時にHが飛び起きた。

「それ、持ち込んだのか!?」

 ……反射的にこういう発想をしてしまう無礼なH。なんという魚類。

「機内サービスで配ってたぞほらアレ」
「ああ……」

 前に念を押して記したように生ものの機内持ち込みは厳禁である。
 もはやこの程度では私は怒りを感じることすらできなくなっていた。

 成田で機を下りる際にもHは言った。
 
「まあおめえには海外はまだまだ無理ってこった」

 ほざいてろ。
 
 成田空港の中でも私は「Hのあとについて歩いていると絶対に思われない足取り」をとることにのみ留意したら税関のゲートの外にHがいつまでたっても出てこない。
 
 勝手に帰ってもいいしそれがHの言う自立かもしれないとは思ったが、挨拶をしないというのはまたHに隙をつくることになる。私は携帯メールで挨拶を送ることにした。

 Hが最も望む挨拶は「いろいろ迷惑をかけたね」であろう。だからそれだけは絶対に文面に含みたくない。
 自分の尊厳を損なわない、しかし人質を失わない文面を私は熟考した。

「もう先に出たんかな?到着ロビーで待ってみたが見当たらないんで勝手に帰ります。ではでは。」

 Hが電話をかけてきた。
 検疫のジャーキー出すのに手間取った、などという。用意が悪ィんだよ、とかいうH式の暴言が頭の中で渦巻くが穏便に挨拶する。全ては人質のために。
 
 ふう……これでHからひとまず解放か……長かった……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オーストラリア旅行記・7日目

 無事潜る。
 なんとも美しい……それよりも何よりもかたわらにHがいないことが嬉しい。
 帰りの船で再び酔いかけるが船の後部に仁王立ちし、海面を見つめながら「我が祖国は風の彼方」を歌い続けるとこれが実に具合がいい。歌詞はテーマに沿っているし前向きな歌なので、無理矢理にでもポジティブ思考しましょうという要請にフィットする。歌は全てエンジン音にかき消され訝しがられる心配もない。
 
 夕方通りかかったスタンドでフィッシュ&チップスの表示を見かけ買う。イギリスのものだと思っていたので知識の用意がなく、何が出てくるのかと思ったらフィッシュ=白身魚のフライ、チップス=ポテトフライだった。店の選び方が悪かったか比較的まずい。
 
 夜、花火を観る。何とも華々しい旅行のフィナーレ。
 
 しかしまたHの監視電話が来る。
「明日まとめた荷物はホテルのドア内に置けって書いてあるけどそれがどこ行くかわかってる?」
 いやお前はわかっていないだろうそんなウスノロバカなお前を俺は指導してやっているんだという意思のこもったお言葉。
「空港……じゃないの?」
「俺は心配だったんで聞いた」
 お前は怖くて聞けなかったんだろう、という行間までもはや聞こえるかのようだ。
「それによると空港まで行くんじゃなくて一階に下ろされるだけで自分で車に積み込むんだそうだ」

 それはそれは。

 でもその一階にA旅行社が迎えに来るのだ。送迎のみのスタッフとか過剰なまでに入れかわり立ちかわり大量の日本人スタッフが雇われているA旅行社だから俺は高くても選ぶんだ、と旅行テクを自慢していたのもまたH。
 知らなくても迎えの人に言われるだけの話ではないのかね。ああ鬱陶しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

水曜日, 12月 17, 2008

オーストラリア旅行記・6日目

 七時に目覚ましが遠くで鳴っている……。意識は相変わらず朦朧としている。無意識のまま目覚ましを止めてしまった、らしい……。
 はっと気がつくともう八時を回っている……なんてことだ、タイムリミットを過ぎてしまったではないか!

 私は絶望した。絶望しつつ、また意識はなくなっていった……。
 
 何を書いても言い訳にしかならぬし実際言い訳なのだが、鬱の症状の時の朝というのは本当に辛い。この地獄は体験した者でなければわからない。やらなければならない、という論理的帰結と実際の行動というのは一切リンクなどしていないことが当事者にはわかる。何もかも論理的合理的に動いていると自負する者は無知である。実際には脳内でたまたま、やるべきこととやりたいことが一致した時に人は初めて動けるものなのだ。嘘だ俺は辛いことを進んでやってるぞと言う馬鹿は自分が無意識が意識を目的にアダプトさせる自分を観ることができぬ者である。立つこと、一歩足を進めること、電車の中で吊り革を掴むことすらできなくなる、それが不甲斐なくてますます症状を悪くする地獄を侮蔑する者は好きに侮蔑するが良い。
 
 ーーなどと言い訳をするもののやはり申し開きできぬことには違いない。そして午後のツアーのためホテルに戻ってきたHからまた監視電話がかかってきてそれで起こされる。私は自暴自棄となっている。
 

 私が保険の手続きのための活動をまだしていないことを聞いたHは怒る。

「なんもやってねえじゃん!」

 やるのはこれからだがHに監視されHの言うがままに動かされるのだけは嫌だ。そういうもやもやが言語化されないまま頭の中で対流する。
 
「それぐらいの試練乗り越えろよ」
「乗り越える意味がわからなくなった」

 今にして思えばこの返答は失敗である。私が「本来行うべき経験から逃避したために今回試練を課せられている」というHの見解を認めることになるからだ。別に放棄するつもりはさらさらない。たとえアクションが非効率になったとしてもHの言いなりに動かされることだけが嫌でたまらない、と今更ここで自分の感情を言語化しても遅い。ともかくHはこの返答をシンプルに私を一層侮蔑するための材料としたであろう。
 
 Hはなお問いただし、C店に申し込めそうだったが起きられず駄目になったことも聞き出す。
「……残りの日程ずっとホテルにこもってんの」
「そうかもしれない」
「行けばいいのに。……明日キャンセルしたキュランダ観光のツアーでも申し込み直しても何でも行けばいいじゃん。今日だってホースライディング行けよ。……別に俺と一緒のテーブルで食事しろとは言わねえからさ……」
 この最後の一文は注目に値する。Hが忌まれ嫌われていることをわずかでも自覚していることだからだ。……しかし、Hはその後も攻撃を続けることになるのだが。
 しかし、ホテルに篭るのが自分の選択ならそれでなどと言った口が言うか。
 
 少なくともHをやり過ごすことしか私はもはや考えていない。
 迎えの時間が来て金を払いに行く。
「お体大丈夫ですか」
「いや疲れてしまって……まあ大丈夫です」
「なんかカルチャーショック受けたみたいですよ」
 Hは揶揄する。外国にあてられたのではなくお前にあてられたのだが。
 昨日と同じ服を来てロビーに来た私にHは気づいただろうか。何かしら思っただろうか。思ったとしても侮蔑の新たな餌か。

 消費税について訊ねるとやはり税込みの値段で、Hは納得がいかないようだ。
「あの料金表にTaxとか書いてあったのは何ですか?」
「あれは、この料金の中の何%が消費税です、という表示ですよ」
 当然謝らないことにもはや驚かない。さっさと消えてくれ。
 
 保険会社と連絡を取り必要書類の揃え方聞く。やはりIさんと直接会う必要があるようだが、もうひとつ厄介なことに第三者証明というものが必要になる。同行した友人など、ということでHに一筆書いて貰わなくてはならない……。この時点で人質が二人に増えてしまったのだった。

 午後になってしまったがIさんと連絡を入れると携帯電話で、Iさんはなくなったはずの用事が入ってしまっていた……申し訳ない。連絡が遅れた非礼を詫びつつ夕方また連絡することにする。また街に出よう。
 
 昼間見るケアンズの街は夜とまた印象が違って新鮮だ。昨日のハンバーガーが気に入ったのでまた別の店で食することにし、スタンドの姉ちゃんに注文を出す。
「ザ・トースター・イズ・オフ!」
『え、トーストできないのですか』
『違います』
『トーストできるのですか』
「違います』
『トースターが故障してるんですか』
『違います、だからトースターはオフなんです……日本人の方? ああ何て説明すればいいのかしら……』
 これらの悶着の後よくよく聞いてみると、トースター清掃中につき一時的に使用できないとのこと。
「ユー・キャント・トースト?」などという聞き方はトースター所有してないようなニュアンスに取られるのかしら……などという異文化交流が楽しい。
 ……私がこんな会話を楽しんでいることなどHは絶対に信じないであろう。私はビクビクしながら街を歩いていなければならないのだ。
 飯も食ったし、最後の望みにかけてみるか……。例の日本人スタッフがいる医療機関に行くのである。
 
 日本人スタッフに事情を話し、待合室に座って待つ。外国旅行で医者に行く経験というのは滅多にできるものではなく怪我の功名といえるかもしれない。むしろ物珍しさでキョロキョロしているとそのスタッフに呼ばれる。
「……奥の先生に話してみたんですが、やはり……そういう話ですと、絶対に許可が下りることはありえない……という話で、このまま四十五ドル払って先生にお会いになっても絶対にムリかと……。私もダイバーですけど、沖縄の海のほうが綺麗ですよ」
 ……さすがにそこまで言われてしまっては引き下がるしかない。先生に会う前の時点であれば金は取らないとのこと。それだけでも何とも有難いことだ……。日本の経済力万歳。
 
 夕方になりホテルに戻りIさんと再び連絡を取る。こちらから事務所に行きますと申し出たが向うからホテルに来てもらえるとのこと、こちらも何とも有難いことだ。Hという地獄の中で何人もの仏と出会いHを除外した世界全ての集合に感謝したい心持である。
 有難さ半分と、Hに突っ込まれる道を少しでも塞ぎたいという心が半分とで遠慮するのを強引にお車代を渡す。ありがたやありがたや。
 
 Iさんが去ってゆくと私は再びケアンズの街の散策に出ることにした。シャトルバスに乗り街の中心部に出る。
 散策を続けるうちCダイビングショップの前をまた通りかかる。私の頭の中でもしかして、とある考えが浮かぶ。もしかしたら、これは(いちるの)望みか……。
『あの……このパンフレットのツアーですが……今申し込んで明日ダイブできますか』
『できますよ』

 ……やった。
 
 やはり考えは合っていた! 「タイム・リミット」は「前日の七時四十分」ではなく「当日の七時四十分」だったのだ!
 
 夢中で店内の電話を使い日本語スタッフに電話をかける。そして店の金髪姉ちゃんに支払いを済ませる。足りなければカードで、などと思ったが何とかその後の日程含め足りそうである。Hに金を借りる屈辱だけは回避したい。
「××どるクーダサイ」と日本でって言おどけてくれる姉ちゃんが天使に見える。
 
 あとは思う存分街の散策をさらに楽しみホテルに帰りつくとやがてHの監視電話が来る、あー取りたくねえ。しかしまあ医療機関に無駄足を踏んだが逆転劇でダイブできることと保険のIさんとのやりとりを済ませたことを伝える。しかし相変わらず腹の立つやりとりはある。
「飯何食ったの」
「……ハンバーガー」
「マックか、まああれなら世界中同じでまあ安心……」
「……いやオーストラリア的なハンバーガーだけど」

 そりゃ街中にマクドナルドはあったが日本のどこにオーストラリアくんだりまで来てマクドナルドに入る馬鹿がいるものか。
 
 とりあえずの憂いはなくなった……二人の人質を除いては。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オーストラリア旅行記・5日目

 もしかしたらA旅行社に事情を話すからいけないので、事情を話さずに素知らぬ顔でC店のツアーに申し込めば、違う担当者が処理すればうまく行くかもしれない、とこすいことを思いつき、A社に七日目のプランのキャンセルとC店プランへの変更を申し出る、という電話をしてホテルを出る。
 
 今日はマングローブ林の中でボートをチャーターし川釣りを楽しむ。というプラン。すでに楽しくはない。
 
 Hは釣りが最大の趣味で私の経験はほぼ皆無。でも新しいレジャーを体験してみるのも面白そうじゃない、という発想はごく普通のものであると思う。
 
 しかしちっとも釣れやしない。
「こんな日は滅多にないんだんけどねえ」日本人ガイドのIさんは言う。

 やはり初心者なので指を放し忘れたりして投げ損なうことも多い。Hはそれが気に入らない。
「怖えよ!」
 まあお腹立ちはごもっとも。しかし経験値ゼロの自分の腕は全く思うように動かないのがもどかしい。最大限努力しているのに。
 あまりに釣れないのでガイドも叱責調になってくる。ボート上の三人三様に気がたっている。
 その時、私の後頭部に殴られたような衝撃が走った。
 ……衝撃を感じた瞬間、私は子供時代の嫌々通っていた剣道教室を思い出していた。……その時は私は先生の指示を聞き間違え、皆と違う動作をしてしまい、前触れ泣く後ろから拳で殴られたのだった。その先生はその後スパルタぶりが過ぎてついに辞めてもらったという。だからというのでもないが、反射的に私は自分が何か悪いことをしたのでは、と思ってしまったのだが現実は全くそんなことはないのだった。
 現実は――
 
 なんと、Hがルアーを私の帽子に引っ掛けたのだった。
 
 何とも……普通逆ではないか? なぜ私をなじり続けている釣りベテランのHがどんくさいはずの素人の私の帽子に引っ掛ける? 私が引っ掛けるならわかるしHの願望も同時に充足する。
 しかしHは全く謝る素振りもなくまた釣りを続ける。

 一向に釣れる気配はない。午前を終わろうとした頃。私の竿についにアタリが来た。
 夢中で巻き上げる。かなりの大物だ、実に重い。これは……なんと大変な作業であることか、私は釣りを舐めていた。腕立て伏せや短距離走ぐらいの力を持続させなくてはならない。しかしすぐに息が切れる。
 とても立っていられない。その場にへたりこみ、すでに肺の空気交換はMAXまで上り私は激しく荒い息をし続けた。せめて、せめて水で喉を潤せれば少しはマシかもしれない……。
 私はブザマさを承知で頼んでみた。
「た、頼む、み、水を……飲ませてくれ」

 Hは最大の侮蔑の眼で私を睨み言った。
 
「何言ってんだよ……」

 まあ水をくれないのはお前の自由だ。好きにしろ。ともかく魂心の力を込めて……というのは肉体的に不可能であって、今から持久力をつけて戻ってくるわけにもいかない。プライドを捨てた水の懇願がどうにもならぬので、次点の観点から何とかつり上げる最大限の努力をしてみる。
 糸が張り詰めている時に引っ張っても無駄だよ。そう言われたので張り詰めている時間を利用して息を整えると何とか持久できそうとわかってくる。そんなこんなで私は格闘を続けた。……聞くところによると四十分間死闘は続いたそうである。ボートの下に回られた。がんばれ。がんばれ自分。引っ張れ。引っ張れ。死んでも手を離すな。Hが小さく呟いた。
「竿がやばい」

 さしもの竿も大きく湾曲しすぎると容易に折れるそうである。だからこういうボートの下に回られたなどという時は注意しなくてはならないのだが初心者にそんな余裕はない。
 竿全損で日本円にして約三万円支払うこととなった。まあしょうがない。
 
 ここで断っておくが、私は何も全てのHの行為を憎んでいるわけではない。旅行初心者の私に対して有用なサジェスチョンは多くあり、それら個別の事項にはきちんと感謝しているし今後の私の旅行に生かされるだろう。しかしHが私に与えた精神的苦痛はそれを凌駕して有り余るから本稿を書いている。それだけは誤解して欲しくない。
 
 ――その有用なサジェスチョンとしてHの勧めで空港でかけた旅行保険があり、それで賄えるかもしれない、となった。
 しかし保険の請求なんてしたことがない。いったいどんな手続きでいったいどんな書類を揃えればいいのだろう。
 もしこの場でIさんに書いてもらうべきものがあるなら早く調べるに越したことはない。私は保険の手引書をボートの上で広げ始めた。周囲はほぼ無風。
 
「こんなところで広げんじゃねえよ! なくすぞ!」

 だから無風の状態でしっかりと手にホールドしながら読んでるのだがね。

 弁償金を払うと後の日程を過ごす金はあるのかということになり、足りそうだが後で細かく計算する、などという話になる。Hは言った。
 
「貸してもいいが……その代わりもちろん返す時はオーストラリアドルじゃなくって日本円で返してもらうからな」

 いったいどこの世界に帰国後にわざわざ円を外貨に換える酔狂がいるというのだ。

「お前いっそ糸が切れればいいって思ってただろ」

 もはやこいつの侮蔑への固い意思は揺るぎがない。


 結局その後誰も一匹も釣れず。今にして思えばベテランのHに一切アタリが来なかったのは魚の側で精神状態を察知したのではないかとすら思われる。
 
 岸に上がった時私はすっかり憔悴していた。何より不機嫌なるHと時間をまる一日共有したから。竿が折れたから、二次的な理由に過ぎない。
 
 背後からHは言った。
 
「自分のやりたいことも決められずに人のプランにただ乗りしようとすっからこういうことになるンだよ」

「どうしてそういう言い方しかできないのか……」私はそう返すのが精一杯だった。そう返したことすらきっとHは覚えていないだろうが。こういう言葉が心に刺さることが人間の証だとしたら、Hはもう人間ではなくなりつつあるのだった。
 「こんなこと」とは何だろう。竿が折れたことなんかではない。Hと共に旅行に来てしまったことそのものが「こんなこと」なのだった。

「自分で決めた結果がホテルで一日過ごすことであったらそれはそれでいいし……まあ俺はやらないけどな……」

 しかし友と共に過ごすことを選ぶのをただ乗りと言うか。本当に何のために二人で来ているのか……全日程を全て互いに別々のオプショナルツアーに申し込むのが自立した旅行なのだろうか。
 確かに私には何としてもこのイベントをという希求心は薄かった。それでもああこれいいね、等と言う軽い話にHは一切乗ってこなかったのだが。
 やはり私は完全に、有事の際の道具として扱われているのだろうか……。
 友と共に過ごす、という友、という概念がもはやすっかり危うくなっていた。

 弁償金は、オーストラリアドルで三百六十ドル。
 
Hは言った。

「チップはずんどけよ、迷惑かけてるんだから」まあこれは正しい。正鵠というやつだ。しかし更にHは余計なことを言う。
「言っとくけど(枕銭みたいに)1ドルどかみみっちいことすんなよ!」
 いくらなんでもそれぐらいの常識はある。計四百ドル渡す。

 この用紙の賠償の相手というところにIさんに署名してもらうのではないか、いや違うこれは自分で書くところだ、などとわたわたして、結局よく読むと特に現物は必要なく写真で良いとわかった。しかし水没と言う有事を考えカメラ代わりの携帯電話をホテルに置いてきてしまったのが裏目に出てさらにHに恩を売られることとなった。

「しょうがねえなあ……」そう言って嘆きを見せつけつつHはデジカメのシャッターを切った。

 この時から私は……人質を取られたのだった。

 おそらく必要書類を揃えるためIさんにまた連絡する必要があるだろう。
「明日……午前中なら確実にいます」
 その後Iさんの携帯電話に連絡が入った。
「明日の予定がなくなりました」

 
 処理すべきことを処理するので時間がわからないので夕飯は別々に、と言うがむろんそれは口実でHとの接触を最大限に避けたいのである。
 Hはもし七日目の予定をキャンセルしたのならキャンセル料に関してきちんと確認しろ、と言う。だって明らかにパンフレットの0%要件を満たしているのに、と言うとそういうのは信用できんから聞け、と言い、また怖いから? が始まる。私は帰国後「コワイカラ星人」というあだ名を思いつくのだが遅かりし、それはまた別の話。
 
 扉の内側で私は突っぷして鬱のどん底へと沈む。
 結局保険の窓口はもう閉まっている時間で詳細を聞くのは明日でなければならない。すると保険に関してはやることもなくなった。夜のケアンズの街へ繰り出すことにする。
 軽食で食ったハンバーガーがやたらうまい、こちらのハンバーガーはパンをトーストするのだな、などと異文化体験を楽しみつつ、A旅行社のサービス窓口に直接行く。電話でなく面と向かうのはHに対する意地でもある。Hは信じなくとも別に窓口に立っただけで心臓がバクバクしたりはしないのだよ。
 
「キャンセルは成立していてキャンセル料も発生していないんですが……」
 ほれみろ。
「C店のほうのダイビングの申し込みを入れられてますが……」
 やはりそちらは駄目だという。まあ予測された自体ではある。しかしこの前電話でしたような押し問答を繰り返す……。

 たとえどんなに言葉を重ねてもHが信じることはないであろうが別にこれをするのに清水の舞台から飛び降りるような覚悟をしたわけではないのだ。
 
「どうしても、というのであれば……ここに日本語のスタッフが常駐している二十四時間の医療施設があるんですが、そこでお医者様の許可をもらえれば」紙を渡された。
 さらに、最少催行人数全般について聞いてみる。金さえ払えば行ったことになり催行されるという。

 街を歩いていると、ダイビングショップは結構あり、そこでふらっと寄っていきなり申し込みをすることもできるものらしいとわかってくる。
 さすがに日本語ガイドのいないダイビングは生命の危険を伴う。
 日本語のポスターを発見、これならと思い日本語スタッフに空き状況を調べてもらうが不可。
 ほかに日本語ダイビングツアーはないかと街を歩き回るとくだんのC店の店舗を発見した。特に日本語の掲示はないが聞けばあるのではないか。
 
 そこには英語のスタッフしかいない。何とか英語で意思疎通を試みる。
『二日以内にダイブできる日本語のツアーはありますか?』
『ありますよ。ひとつだけですけどこれです』
 ナイス。
『じゃあ申し込みます』
『今は駄目です、日本語のスタッフがいません』
『日本語のスタッフが常駐している時間帯っていうのはありますか』
『ないです。でもこの番号に営業時間内に電話をかければ日本語のスタッフが出ます。それで申し込めます』
『(明日……は間に合わないだろうし保険の処理しなきゃいけないし)明後日ダイブするのにタイムリミットは?』
『午前七時四十分』

 光明が差した。
 
 
 ホテルに戻るとHから監視の電話がかかってくる。正直口もききたくはないのだがそうもいかない。
 明日の予定は全日Hと一緒の予定だった。午前はツアーでなく動物園にコアラを見に行き、Hと一緒のホースライディングツアーだ。
 人質を握るHを刺激しないように私は切り出す。
「明日なんだが……金は払うから一人で行ってくれないか……金さえ払えば行ったことになるんで催行は問題ないことを確認したから。ちょっと疲れてしまって……(午後のツアーの)金は渡すから」
「あっそ。で、幾らになるの」
 私はパンフレットに書いてある料金をそのまま言う。
「違うぞ! 消費税がかかるんだよ」
「え」
「今までのツアーだってずっと消費税かかってるぞ!」
 そんな記憶はなかった。しかし自信喪失状態の私は鵜呑みにする。
「そうなん」
「ちゃんと正確な料金調べろ!」

 一旦電話を切ってA旅行社に電話。しかしパンフレットに書いてある値段だけで合っており特に消費税が上乗せされるわけではないという。
 
 再びHに電話。
「ホントかぁ? でどうやって払うの」
「え? だから金渡すから……」
「俺お前の金預かるなんて嫌なんだけど。もし俺に金運んで欲しいんだったらそのこと改めてお前は俺にお願いしなきゃいけないんじゃないの?」
「わかった。明日のツアーの迎えの人に渡すから……」
「迎えの人が金管理するとは思えんぞ。それじゃ駄目だろ」

 再び電話を切り旅行社に電話。迎えの人に渡せばよいことを確認し再びHに伝える。

 Hは保険の処理に関してもいちいち全て報告させる。全て明日にならないと処理できないことを伝える。

「ちゃんとやり遂げろよ。途中でイヤんなって投げるとか言うなよ。それがお前の試練だ」

 『お前は今まであらゆることから逃げてきただろう』と言う決め付けの認識を「試練」という短い言葉に集約する悪の国語力は何とも比類なきことか。私はこの後もこのわずか二文字の言葉に翻弄されてゆく。


 はあ……疲れ切った……もう着替えるのも風呂浴びるのも嫌だ。鬱のどん底で私は持参したパジャマに着替えることもせず、苦手なはずの冷房も切らずただ明日の朝七時に起きてCダイビング店に電話をかけるべく目覚ましをセットしそのまま夢の中へ逃げ込んで行った……。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

土曜日, 12月 13, 2008

オーストラリア旅行記・4日目

 四日目
 
 グレートバリアリーフでダイビングという本旅行最大のメインイベントの行きのボートで私はげろげろに船酔いしてしまったのは誰のせいでもない。
 
 吐ききってようやく酔いが収まった頃、ようやく潜る段になって制止されてしまった。
「現地の医師に連絡をとったのですが……この薬を服用している人はクイーンズランド州の法律でダイビングができないんです」

 なんたる誤算! 私は鬱病持ちで日本語ではきちんと医者にもダイビングスクールにも話していたのに、そういう罠が待ち受けている情報は入手できていなかったのである。
「具体的にはどの薬がひっかかったので」
「アナフラニールです」

 最初に配られた問診票に「医者の投薬・治療を受けていますか」という項に○をつけてしまっていたのだった。船酔いしたから連絡をとったのか、○をつけたから連絡をとったのかまでは不明だがとにかく潜れない。茫然としながらも、海外でのダイビングというのもいろんな罠が待ち受けているもんだなあ、高い勉強代だった、と自分の中で感情の整理をつける。
 
 Hは他の人々と一緒に潜って上がってきた。事情を聞くとHは言った。

「おめーは人が苦労して重ねた準備を全部台無しにする奴だなあ! Wさんに合わせる顔がねえよ! 俺は散々海外は薬に対して厳しいって言ってたよなあ」
 
 ここで、その「準備」について説明する。ダイビングのライセンスには段階があり、初級編がオープンウォーターと呼ばれ、次の段階がアドバンスと呼ばれるものである。
 この旅行のために私はHの助言に従い、まずオープンウォーターを取得したが、Hが言うにはアドバンスに含まれる「ボート」「ディープ」の経験がなければまともなところには行けないという。ダイビングショップの選定にも紆余曲折があって、まあなんとかギリギリでアドバンスを取得することができた。Wさんというのはそのダイビングショップの店長で、Hが言うことには「スケジュールを無理をしてもらって講習のスケジュールを押し込んだ」というのだが……。
 
 実際のところ、今回選んだツアーでは、オープンウォーターの資格さえあれば、その上をいくらとっていようと行くところは同じだった。そもそもグレートバリアリーフ自体、主に浅いところが見どころのようなのである。つまり、このツアーを選んだ時点でWさんに合わせる顔はないということになる。
 帰国後、ワイン持参で挨拶に行った際、無理なんか全然していない、と否定していたが、まあ無理していただいて、などと言われてええそうでしたねと言うはずもないのでここはHの言うことを信じるしかない。しかし、ない筈の講習を押し込んだにしては、講習の際にもう一人アドバンスの講習生が居たのは少々説明がつかないのだが。
 
 次に、海外が薬は厳しいという話についてだが、言われた記憶は全くなかった。当時はきっと自分が聞き逃したのであろうと悲嘆にくれていたが、帰国後、準備の話し合いの半分を占める電子的な記録を調べてみたところ、一切その話をされていないことが判明した。口頭の部分は確認しようもないが、Hのここまでの暴走ぶりから、恩着せ妄想により記憶が捏造された可能性が高いのではないかと今となっては思われる。また、入国時の税関での申請については、医師はこっそりスーツケースに入れておくのが無難、と勧められたが、Hの強い主張により、正直に申請した経緯がある。これは記録にも残っている。税関とダイビングでは違うといえばそれまでだが、海外では何もかも正直に申請すべし、と旅行初心者が強く意識づけられるということはそうおかしな話ともいえない。
 
 それらの考えが整理できたのはむろん帰国してからで、当時の私は単なるみずからの愚行として打ちひしがれつつ、シュノーケリングだけをせめて楽しんだ。シュノーケリングで行けるところでも、非常に海は美しく、自分に言い聞かせられるくらいには楽しむことができた。この後に、今旅行最大の暴言が控えているだなどとは、とても信じられないような美しい風景であった。
 
 Hはそのボートの中で女性二人をナンパし夕食の約束をとりつけた。正直興味もないのだが、負い目もありここは付き合うしかない。この状況で、Hが私を置いてひとりでやってきましたいいんですあんな奴、という状況になっては女性たちが気を悪くするであろう。
 
 それまで時間があるので各自部屋で過ごす。そこで私は突然思いついた。であれば、薬を今から絶って再び申し込めば良いのではないか? ただ、リトライする日程は、Hと共に申し込んでいるツアーで最少催行人数に達さないおそれがある場合はなるべく避けなくてはならないが、やむを得ない場合は……うーん相談だなあなどと考えながらHの部屋に電話でその考えを伝える。
 
「お前俺とのツアーで最少催行人数に達さなかったらって考えたか! 考えてねえだろ!」
「いや考えたけど」
「考えてねえだろ」

 聞く耳なし。
 
「うーんでも難しいと思うがなあ、お前は結局A旅行社に面が割れちゃってるわけだろ、難しいと思うぜ」

 この調子で否定論調を散々ぶつけられたあげくまあ交渉してみるわ、と電話を切り次にA旅行社に電話。
 
「……ええ、そういう事情ですと……薬を絶ったとしてもちょっとダイビングをおすすめ申し上げるわけには」
「それはA社さんの判断ですか?」
「いえ、その…」
「Bダイビングショップ主催のツアーなのだから、B店さんが判断する話ではないのですか?」
「……その、やはりおすすめするわけには……」
「B店さんにそう話していただけませんか?」
「いや、ですから……おすすめするわけには……」
「だからそれはA社さんの判断ですか?}
「いえ、ですから……」

 三十分くらいこうやって同じ話をずっとループ。まあしかしB店さえ首を縦に振ればよいのでは?
 
「すみません、B店の電話番号を教えていただけますか?」
「ええ、それなら……」
 潜るためなら英語交渉も辞さず、という心持ちで
 さて、電話を切るが、ここでB店の立場になって考えてみた。

 A社のツアーですが、こうこうこういう事情で、と電話をかける→そういう医学的な話だと医者の意見を聞きますのでお待ちください→医者に聞く→医者の立場として許可を出すと「医者の処方薬を患者が勝手に飲み方を変えたのを許可した医者」ということになる→そんな許可出せるわけないじゃんクビ飛びます(自分の保身のため)許可なんて出せるかヴォケ→医者はダメだってさお引き取り下さい→×
 
 脳内で繰り広げられた演繹の結果、いくらBショップに電話をかけても無駄だという結論が導き出された。
 
 しょうがない。ここは諦めるしかない。
 私は極度の精神疲労に沈んでいた。
 

 その疲労のためとはいえ、ここで私はHにますます優位に立たれる大きな失態を犯す。シャトルバスの時刻表を読み誤りバスを逃してしまったのだ。

「おめえの金でタクシーで行くぞ!」
 これはいくらなんでも申し開きできない。
 
 
 例の女の子たちとの待ち合わせ場所は豪奢な免税店の一階。そこでHとダイビングの件について話す。私の感情は極めて危険な状態であり、感情失禁寸前であった。私が感情の爆弾を抱え続けることになった大昔の経緯については趣旨から外れるので記さない。親しい者にしか話していない。その親しい者にも全て話していない。人はどんなに愚かに見えてもそれなりの深刻な事情を抱えている、それだけだ。
 
「例の件はやめた。結局医者に聞くことになってどうあがいても可能なコースはない」
「何だよやめんのかよ」
「え?」

「俺はぜひともやるべきだと思っていて、B店が駄目ならC店のツアーならどうですかってすぐそこにA社のデスクあるんだから交渉しろよ」

 こいつは……さっきさんざん否定しておきながらどこまで人を振り回せば気が済むんだ……。もはや交渉云々よりHの言いなりに動くことの拒絶感だけが身体じゅうを駆け巡る。
 
「やらねえって決めたから」

「A社と話するのが怖いから?」

 どうしてそういう解釈しかできねえんだお前は。しかし反論をするだけの精神的余裕は完全に失われていた。感情失禁の臨界点に私は立っていてわずかな均衡の破れで取り返しのつかぬことになる。

「そう思いたいならそう思ってくれて結構!」

 それだけ言うのが精一杯だった。
 だが、Hはついに今旅行最大の暴言を吐く。
 

「わかったよ! 俺が交渉してやるよ!」

 貴様はどこまで人を舐めれば気が済むんだばかやろう!

 しかし女の子たちとの約束の時間はもうすぐ。彼女たちのために感情は整えておかなければならない。たとえどんなに侮蔑の目を向けられたとしても。平静に。平静に。
 
「やらねえって言ってんだろ」

 私がそれだけ言うとHは不機嫌極まりなくと横を向いた。
 
 
 
 くすぶり続ける感情を頭の隅に追いやりながら無理矢理の笑顔を作って女の子たちとの食事を楽しんでいるふりをする。逆境で笑顔を作るのは得意ですそうやって生きてきましたそしてこれからも。
「こいつを冗談で誘ったらついてきやがった」
 普段であればまあ軽口レベル、しかしこの状況ではかなり心に刺さる会話を併記で挟む。
 ダイビングの話をするのはしょうがないが、私がリトライを試みそして止めた話をするなと頭の中で念じていたらしやがった。
 無論薬とか詳しい事情は話さない。当然ともいえるがリトライしない理由も不明確になる。
「こいつリトライしないとか言ってんの」
「ええーもったいない」
「そうだよな言ってやって言ってやって」

 笑顔を作っていや自分のダイビングを仕切り直したくてね、とか何とか言って場をごまかす。
 
 食事が終わって荷物を引き上げようとする。会社への土産のチョコレートが袋からこぼれている。
「こぼれてるよ」
女の子が言うと
「こいつ手がかかるでしょー」などと念入りにナイフを差す。こぼれたら拾えばいいだけのことであろう。

 女の子と別れるとHはもとの不機嫌な顔に戻った。
 
「明日は俺が一番のメインイベントとしている釣りだからな、行かねえとかふざけたことぬかすなよ」

 言ってもいない仮定をする無礼な男、それがH。そりゃお前となんか行きたくもねえがな。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

月曜日, 12月 08, 2008

オーストラリア旅行記・3日目

 エアーズロック登山をリトライしようと早朝に起きて早々とチェックアウトする。十時半までにチェックアウトせよ、ということなのだが、間に合わない場合を考え早めにチェックアウトしたのだ。
 結局風は止まず登山はできず、Hは怒りをあらわにする。なぜ運命を受け入れられないのか、などと思いながら私はHを見ていた。だからHからは幸せが逃げてゆくのだろう。

 朝の弁当にあったリンゴは、弁当の量が多すぎて残していた。リュックに入っているのを始末しなくては、と思っていた。オーストラリアの航空は検疫が厳しく、決して生ものを持ち込んではならないのだ。
 そう思っていたところをHが「始末しとけよ!」と言ったのを機にHの目の前で食う。このタイミングは今考えるとまずかった。Hは「私がうっかり忘れていたのをHが言って気づかせてやった」と確信したに違いないからである。
 なお、このリンゴに関してはあとでまたひどいエピソードが控えているので、読者の方々はオーストラリアで航空機への持込みが厳禁である事実を記憶しておいていただきたい。

 登山が駄目なのでせめてラクダに乗ろうと、エアーズロックリゾート施設内のキャメルファームに行く。中に入って受付の様子を窺いキョロキョロとする。しかし窺いきる前にHは言った。
 
「訊けよ」

 黙っておればHが何かしてくれるだろうと私が思っていると思い込んでいるHが不快だ。溜息を押し殺してラクダに乗る。日本語スタッフがいないので意思疎通が少し大変だがまあできないレベルではない。しかしここに限らず私がしゃべった事実もHの強力な脳内フィルタでなかったことになっているのであろう。
 
 厩舎というのか、Hはのこのこと歩いてゆきラクダを触る……いいのだろうか、と一瞬思いつつもうっかり流されてしまったのは反省すべき点でHを信じるとろくなことにならないのである。
 ともかく係の人に遠くから怒鳴られ退散する、私は「ソーリィ!」と言うがHは何も言わない。
 
 
 この日、国内便でエアーズロックからケアンズまで移動するのだ。
 十二時頃、空港への迎えのバスが来るまでまだ間がある。ホテルのフロントを見ると人がずらーっと行列している。

「朝のうちにチェックアウトしておいてよかったねえ」
 私はなお笑顔で振る舞おうと話題をふった。だがHは言った。
「チェックアウトは十時半までだろ」
 そして蔑んだ顔で続けた。

「大丈夫かよ」

 ……ちょっとした軽い勘違いではないか。
 
 搭乗した飛行機の座席でHは携帯切ったか、と言い、カメラ用途なのですでにオフラインモードになっている携帯の電源を「ああ」とばかりにその場で切るとHは言った。
 
「捕まるぞ!」

 デジカメいじってたことなど完璧収納な心の棚の広大さはどうだ。いくらオーストラリアの大地にいるからといってそんな心の棚で模倣するのは国土に失礼ではないか。
 しかしその後で機内アナウンスが流れ、Hに言われなくても気づく場面であったのだが。いくらなんでも「エレクトリックデバイス」ぐらい聴きとれる。しかしHは絶対に私がそんなものヒアリングできるはずがない、と盲信していることがすぐにわかるのである。
 
 私の左隣にHが座り、右隣に金髪の女性が座る。なんとその女性はその航空会社のフライトアテンダントだということがわかった。足を怪我して仕事ができないので、客として乗っているそうだ。

 事件の発端は私が機内サービスで紅茶を所望したらコーヒーを注がれてしまったことである。まあいいやと思って口につけた後、くだんのフライトアテンダントが親切にもそれを気に留めてくれたのである。あなたティーと言ったのにコーヒー注がれたのでないですか、という英語はわかるが、その後彼女は自分のカップに紅茶を注ぎ、次の言葉をかけてくるがわからない。なにやら交換しましょうと言っているような気もしたので、カップの口をぬぐい、でも口つけてしまったし、などと言うが会話はスムーズにいかない。それを見ていたHは言った。
 
「紅茶っつったのにコーヒーつがれちゃったでしょって言ってるんだよ」

 ……馬鹿にしてるのか? ってしてるんだが四六時中。Hは会話の内容など何も聞いてはいない。私が会話の冒頭から理解していないと決めつけているのである。
「言ってる内容はわかってる」牽制したが途中まではわかってることを本当にわかったのかどうかは謎だ。
 結局のところ彼女は親切にもあなたが両方ともお飲みなさい、と言っていたとわかりひと安心。親切なスッチーありがとう。地獄で仏とはこのことです、無論地獄とは左方。
 
 機内食があったので夕食の必要もなく、私は明日の最大のイベント、ダイビングに備えて早く寝た。Hは夜の街に繰り出したらしい、まあ同じ行動するのも腹立たしいし、ばったり会いたくもねえ。

 ただホテルにチェックインする際にちょっとした事件があった。キードロップ事件だ。
 私が十年前に海外に行った際はキードロップというものがあり、ホテルを出る時にその穴に入れると預けたことになった。ので、一日目あたりに鍵を預ける時の英語表現は、という話題になった時に私は言ったのだ、きっとキードロップと言えば通じるよ、と。
 
 果たしてそのホテルのフロントに穴があったのでほらあるじゃない、と示した。Hは一切私の言うことを信用しない主義をもはや貫いており、Hは「お前の言うことなど信じない」という意思表示のように聞いた。
 確かに今回は私が間違っており、そこに入れることはその日までの精算を意味するという。

「まったく、お前の言うことは……」

 帰国後に調査してわかったことだが、キードロップの意味するところは、カードキーへの切り替わりと共に変遷したようである。
 しかしその場はさすがに私の負けなのですごすごと引き下がる。
 
 が、このキードロップ事件は後の顛末に大きくかかわってくることになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

火曜日, 12月 02, 2008

オーストラリア旅行記・2日目

 エアーズロック登山の日だが、天候により登れるかどうかは半々の確率だという。結局強風のため登れず。
 その場合はふもとを散策するツアーになるのだが、Hはナンパした女性にべったりだがまあそれは良い。
 その女性にHがお願いして写真を撮ってもらっていたので、私はHの立つ場所に近づこうとした。

「来んなよ!」

 写真にひとりで写りたいとかそういう主義があるのであればあらかじめ同行者には伝えておくべきであろう。それもなしにいきなり来んなよである。なんたる無礼。こいつは何のために私と同行しているのだろう……。しかし角を立てるとくだんの女性に申し訳ない。
 通常の考えであれば、ひとりよりふたりのほうが楽しいから連れ立ってゆくのだろう。出発前にHが私に言った言葉を思い出した。「国内なら一人で行こうと思ったけど海外は危険なので」……単にHは私を万一の有事の処理をさせる道具としてしか見ていないのではないだろうか?
 
 ともかくこの言葉以降、私は物理的にもHと最大限の距離を取りつつ、口も利かぬよう歩いた。
 
 午後各自別のツアーを入れ分かれる。自分はヘリコプターで上からエアーズロックを見るツアー、向うが夕食つきのツアーであったせいで食事を共にせずに済んだのは幸いであったかもしれない。

 まあこの日の被害はそれでも軽微であっただろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »