もしかしたらA旅行社に事情を話すからいけないので、事情を話さずに素知らぬ顔でC店のツアーに申し込めば、違う担当者が処理すればうまく行くかもしれない、とこすいことを思いつき、A社に七日目のプランのキャンセルとC店プランへの変更を申し出る、という電話をしてホテルを出る。
今日はマングローブ林の中でボートをチャーターし川釣りを楽しむ。というプラン。すでに楽しくはない。
Hは釣りが最大の趣味で私の経験はほぼ皆無。でも新しいレジャーを体験してみるのも面白そうじゃない、という発想はごく普通のものであると思う。
しかしちっとも釣れやしない。
「こんな日は滅多にないんだんけどねえ」日本人ガイドのIさんは言う。
やはり初心者なので指を放し忘れたりして投げ損なうことも多い。Hはそれが気に入らない。
「怖えよ!」
まあお腹立ちはごもっとも。しかし経験値ゼロの自分の腕は全く思うように動かないのがもどかしい。最大限努力しているのに。
あまりに釣れないのでガイドも叱責調になってくる。ボート上の三人三様に気がたっている。
その時、私の後頭部に殴られたような衝撃が走った。
……衝撃を感じた瞬間、私は子供時代の嫌々通っていた剣道教室を思い出していた。……その時は私は先生の指示を聞き間違え、皆と違う動作をしてしまい、前触れ泣く後ろから拳で殴られたのだった。その先生はその後スパルタぶりが過ぎてついに辞めてもらったという。だからというのでもないが、反射的に私は自分が何か悪いことをしたのでは、と思ってしまったのだが現実は全くそんなことはないのだった。
現実は――
なんと、Hがルアーを私の帽子に引っ掛けたのだった。
何とも……普通逆ではないか? なぜ私をなじり続けている釣りベテランのHがどんくさいはずの素人の私の帽子に引っ掛ける? 私が引っ掛けるならわかるしHの願望も同時に充足する。
しかしHは全く謝る素振りもなくまた釣りを続ける。
一向に釣れる気配はない。午前を終わろうとした頃。私の竿についにアタリが来た。
夢中で巻き上げる。かなりの大物だ、実に重い。これは……なんと大変な作業であることか、私は釣りを舐めていた。腕立て伏せや短距離走ぐらいの力を持続させなくてはならない。しかしすぐに息が切れる。
とても立っていられない。その場にへたりこみ、すでに肺の空気交換はMAXまで上り私は激しく荒い息をし続けた。せめて、せめて水で喉を潤せれば少しはマシかもしれない……。
私はブザマさを承知で頼んでみた。
「た、頼む、み、水を……飲ませてくれ」
Hは最大の侮蔑の眼で私を睨み言った。
「何言ってんだよ……」
まあ水をくれないのはお前の自由だ。好きにしろ。ともかく魂心の力を込めて……というのは肉体的に不可能であって、今から持久力をつけて戻ってくるわけにもいかない。プライドを捨てた水の懇願がどうにもならぬので、次点の観点から何とかつり上げる最大限の努力をしてみる。
糸が張り詰めている時に引っ張っても無駄だよ。そう言われたので張り詰めている時間を利用して息を整えると何とか持久できそうとわかってくる。そんなこんなで私は格闘を続けた。……聞くところによると四十分間死闘は続いたそうである。ボートの下に回られた。がんばれ。がんばれ自分。引っ張れ。引っ張れ。死んでも手を離すな。Hが小さく呟いた。
「竿がやばい」
さしもの竿も大きく湾曲しすぎると容易に折れるそうである。だからこういうボートの下に回られたなどという時は注意しなくてはならないのだが初心者にそんな余裕はない。
竿全損で日本円にして約三万円支払うこととなった。まあしょうがない。
ここで断っておくが、私は何も全てのHの行為を憎んでいるわけではない。旅行初心者の私に対して有用なサジェスチョンは多くあり、それら個別の事項にはきちんと感謝しているし今後の私の旅行に生かされるだろう。しかしHが私に与えた精神的苦痛はそれを凌駕して有り余るから本稿を書いている。それだけは誤解して欲しくない。
――その有用なサジェスチョンとしてHの勧めで空港でかけた旅行保険があり、それで賄えるかもしれない、となった。
しかし保険の請求なんてしたことがない。いったいどんな手続きでいったいどんな書類を揃えればいいのだろう。
もしこの場でIさんに書いてもらうべきものがあるなら早く調べるに越したことはない。私は保険の手引書をボートの上で広げ始めた。周囲はほぼ無風。
「こんなところで広げんじゃねえよ! なくすぞ!」
だから無風の状態でしっかりと手にホールドしながら読んでるのだがね。
弁償金を払うと後の日程を過ごす金はあるのかということになり、足りそうだが後で細かく計算する、などという話になる。Hは言った。
「貸してもいいが……その代わりもちろん返す時はオーストラリアドルじゃなくって日本円で返してもらうからな」
いったいどこの世界に帰国後にわざわざ円を外貨に換える酔狂がいるというのだ。
「お前いっそ糸が切れればいいって思ってただろ」
もはやこいつの侮蔑への固い意思は揺るぎがない。
結局その後誰も一匹も釣れず。今にして思えばベテランのHに一切アタリが来なかったのは魚の側で精神状態を察知したのではないかとすら思われる。
岸に上がった時私はすっかり憔悴していた。何より不機嫌なるHと時間をまる一日共有したから。竿が折れたから、二次的な理由に過ぎない。
背後からHは言った。
「自分のやりたいことも決められずに人のプランにただ乗りしようとすっからこういうことになるンだよ」
「どうしてそういう言い方しかできないのか……」私はそう返すのが精一杯だった。そう返したことすらきっとHは覚えていないだろうが。こういう言葉が心に刺さることが人間の証だとしたら、Hはもう人間ではなくなりつつあるのだった。
「こんなこと」とは何だろう。竿が折れたことなんかではない。Hと共に旅行に来てしまったことそのものが「こんなこと」なのだった。
「自分で決めた結果がホテルで一日過ごすことであったらそれはそれでいいし……まあ俺はやらないけどな……」
しかし友と共に過ごすことを選ぶのをただ乗りと言うか。本当に何のために二人で来ているのか……全日程を全て互いに別々のオプショナルツアーに申し込むのが自立した旅行なのだろうか。
確かに私には何としてもこのイベントをという希求心は薄かった。それでもああこれいいね、等と言う軽い話にHは一切乗ってこなかったのだが。
やはり私は完全に、有事の際の道具として扱われているのだろうか……。
友と共に過ごす、という友、という概念がもはやすっかり危うくなっていた。
弁償金は、オーストラリアドルで三百六十ドル。
Hは言った。
「チップはずんどけよ、迷惑かけてるんだから」まあこれは正しい。正鵠というやつだ。しかし更にHは余計なことを言う。
「言っとくけど(枕銭みたいに)1ドルどかみみっちいことすんなよ!」
いくらなんでもそれぐらいの常識はある。計四百ドル渡す。
この用紙の賠償の相手というところにIさんに署名してもらうのではないか、いや違うこれは自分で書くところだ、などとわたわたして、結局よく読むと特に現物は必要なく写真で良いとわかった。しかし水没と言う有事を考えカメラ代わりの携帯電話をホテルに置いてきてしまったのが裏目に出てさらにHに恩を売られることとなった。
「しょうがねえなあ……」そう言って嘆きを見せつけつつHはデジカメのシャッターを切った。
この時から私は……人質を取られたのだった。
おそらく必要書類を揃えるためIさんにまた連絡する必要があるだろう。
「明日……午前中なら確実にいます」
その後Iさんの携帯電話に連絡が入った。
「明日の予定がなくなりました」
処理すべきことを処理するので時間がわからないので夕飯は別々に、と言うがむろんそれは口実でHとの接触を最大限に避けたいのである。
Hはもし七日目の予定をキャンセルしたのならキャンセル料に関してきちんと確認しろ、と言う。だって明らかにパンフレットの0%要件を満たしているのに、と言うとそういうのは信用できんから聞け、と言い、また怖いから? が始まる。私は帰国後「コワイカラ星人」というあだ名を思いつくのだが遅かりし、それはまた別の話。
扉の内側で私は突っぷして鬱のどん底へと沈む。
結局保険の窓口はもう閉まっている時間で詳細を聞くのは明日でなければならない。すると保険に関してはやることもなくなった。夜のケアンズの街へ繰り出すことにする。
軽食で食ったハンバーガーがやたらうまい、こちらのハンバーガーはパンをトーストするのだな、などと異文化体験を楽しみつつ、A旅行社のサービス窓口に直接行く。電話でなく面と向かうのはHに対する意地でもある。Hは信じなくとも別に窓口に立っただけで心臓がバクバクしたりはしないのだよ。
「キャンセルは成立していてキャンセル料も発生していないんですが……」
ほれみろ。
「C店のほうのダイビングの申し込みを入れられてますが……」
やはりそちらは駄目だという。まあ予測された自体ではある。しかしこの前電話でしたような押し問答を繰り返す……。
たとえどんなに言葉を重ねてもHが信じることはないであろうが別にこれをするのに清水の舞台から飛び降りるような覚悟をしたわけではないのだ。
「どうしても、というのであれば……ここに日本語のスタッフが常駐している二十四時間の医療施設があるんですが、そこでお医者様の許可をもらえれば」紙を渡された。
さらに、最少催行人数全般について聞いてみる。金さえ払えば行ったことになり催行されるという。
街を歩いていると、ダイビングショップは結構あり、そこでふらっと寄っていきなり申し込みをすることもできるものらしいとわかってくる。
さすがに日本語ガイドのいないダイビングは生命の危険を伴う。
日本語のポスターを発見、これならと思い日本語スタッフに空き状況を調べてもらうが不可。
ほかに日本語ダイビングツアーはないかと街を歩き回るとくだんのC店の店舗を発見した。特に日本語の掲示はないが聞けばあるのではないか。
そこには英語のスタッフしかいない。何とか英語で意思疎通を試みる。
『二日以内にダイブできる日本語のツアーはありますか?』
『ありますよ。ひとつだけですけどこれです』
ナイス。
『じゃあ申し込みます』
『今は駄目です、日本語のスタッフがいません』
『日本語のスタッフが常駐している時間帯っていうのはありますか』
『ないです。でもこの番号に営業時間内に電話をかければ日本語のスタッフが出ます。それで申し込めます』
『(明日……は間に合わないだろうし保険の処理しなきゃいけないし)明後日ダイブするのにタイムリミットは?』
『午前七時四十分』
光明が差した。
ホテルに戻るとHから監視の電話がかかってくる。正直口もききたくはないのだがそうもいかない。
明日の予定は全日Hと一緒の予定だった。午前はツアーでなく動物園にコアラを見に行き、Hと一緒のホースライディングツアーだ。
人質を握るHを刺激しないように私は切り出す。
「明日なんだが……金は払うから一人で行ってくれないか……金さえ払えば行ったことになるんで催行は問題ないことを確認したから。ちょっと疲れてしまって……(午後のツアーの)金は渡すから」
「あっそ。で、幾らになるの」
私はパンフレットに書いてある料金をそのまま言う。
「違うぞ! 消費税がかかるんだよ」
「え」
「今までのツアーだってずっと消費税かかってるぞ!」
そんな記憶はなかった。しかし自信喪失状態の私は鵜呑みにする。
「そうなん」
「ちゃんと正確な料金調べろ!」
一旦電話を切ってA旅行社に電話。しかしパンフレットに書いてある値段だけで合っており特に消費税が上乗せされるわけではないという。
再びHに電話。
「ホントかぁ? でどうやって払うの」
「え? だから金渡すから……」
「俺お前の金預かるなんて嫌なんだけど。もし俺に金運んで欲しいんだったらそのこと改めてお前は俺にお願いしなきゃいけないんじゃないの?」
「わかった。明日のツアーの迎えの人に渡すから……」
「迎えの人が金管理するとは思えんぞ。それじゃ駄目だろ」
再び電話を切り旅行社に電話。迎えの人に渡せばよいことを確認し再びHに伝える。
Hは保険の処理に関してもいちいち全て報告させる。全て明日にならないと処理できないことを伝える。
「ちゃんとやり遂げろよ。途中でイヤんなって投げるとか言うなよ。それがお前の試練だ」
『お前は今まであらゆることから逃げてきただろう』と言う決め付けの認識を「試練」という短い言葉に集約する悪の国語力は何とも比類なきことか。私はこの後もこのわずか二文字の言葉に翻弄されてゆく。
はあ……疲れ切った……もう着替えるのも風呂浴びるのも嫌だ。鬱のどん底で私は持参したパジャマに着替えることもせず、苦手なはずの冷房も切らずただ明日の朝七時に起きてCダイビング店に電話をかけるべく目覚ましをセットしそのまま夢の中へ逃げ込んで行った……。
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