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土曜日, 6月 17, 2006

散歩シーンで袋もシャベルも持っていないのも腹立たしい

 「ディロン~運命の犬~」というNHKのドラマを親につきあって見る。なんというか、腹の立つ脚本。脚本家の「こんなホンが書ける自分ってなんていい人なんだろう」というオナニーにつきあわされた気分。これがあの「マチベン」の後番組なのだからその落差たるや。 犬を処分せざるを得ない職務の人に対して、「○○さんって、本当は犬が大好きなんじゃないですか?」と言い放てる無神経さが凄い。
 そんな訳でやる気がありません。このドラマのせいだ。どうしてくれるのか。「どうしてくれるのか」という言葉を昔全く向かない塾講師のバイトをした時に小学四年生にそう言って詰め寄られたというトラウマがあります。押井守の言葉を借りるならば「確かに人のかたちをしている、だが明らかに人ではない」子供という存在を御せる人は凄いと思う。私はもう金輪際やりたくありません。子供の肉体は好きだが子供を世話する立場には絶対になりたくないのだ。
 話が逸れました。つまり原稿を書く気力がないことを全く関係のないドラマに押し付けるという欺瞞を私はやってのけようとしている。それぐらい図々しくなければ現代のストレス社会を生きていけません。ていうか現に生きていけてないじゃんという突っ込みはナシでお願いします

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