しめじの無いゴーヤチャンプールを食うはめになり敗北しました
回を追うごとに不快になってゆくドラマ「ギネ」。あらかじめ頭がおかしい主人公を配置し、最終回ごろに普通に近づいたので成長しましたという帰納的ビルドゥングスロマンになりそうな気配がする。
その頭のおかしい主人公を弁護するつもりはさらさらないが、周囲のそれを叱責する役回りも見下し感がどんどん顕著になってきて、あげくに反抗期に反抗せず自分を抑えてきた人間は未成熟であるという加藤諦三的優等生差別を、ブラウン管の前でうんうんと嬉しそうに頷く元不良がいるかと思うとああ腹立たしい。
逃避のない前進はなく、ただその向かう方向が良い方向か悪い方向かの違いがあるだけだと私は思っている。が、とどのつまり人の上に立つということは、人が通常口に出すのを抑えている、他者の逃避要素をいちいち目につくたびに指摘し続け、前進要素を隠蔽して威圧することなのであろうか。人はそうやることで、あるいはそうやることでのみ偉くなるのであろうか
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)


最近のコメント